ゴ   ヤ   の   病   気
ゴヤの病気

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ゴヤの病気
 美術館で東京の人は「素晴らしい、これが芸術だ」と言い、 大阪の人は「この絵なんぼの価値があるやろうか」と思うらしい。 もちろん全員ではないが…。
 名古屋人はどのような感性で、美の祭典を見ているのだろうか。

 産業医学の祖、イタリアのラマッツィーニが書いた 「働く人々の病気」(17〇〇年)という本には、「画家の病気」がテーマに挙がっている。
 「画家は、手のしびれや歯の黒ずみ、不健康な顔色などいろいろな病気にかかる。 画家の顔色がバラ色や、健康なことはまずない。 原因は、彼らが扱う絵の具の原料が鉛などの金属だからである」と書いている。 当時の絵の具は、金属を加工して作られていた。
 「着衣のマハ」などで有名な18世紀のスペインの画家・ゴヤは46歳の時に、 神経系を中心としたえたいの知れない病気に苦しむ。 その後、人格と芸術が変化し「わが子を食らうサトゥルヌス」などの異様な「黒の絵」を描く。

 ゴヤの変化は、神経梅毒が原因とされていたが、 近年、絵の具に含まれていた鉛による「鉛中毒」ではないか、と指摘されている。
 ゴヤは下塗りを含め、鉛で作られた多量の鉛白を使用し、絵の具の飛まつの中で一生を過ごした。 おまけに筆をなめるくせもあったらしい。

 鉛中毒の三大症状は、貧血、発作的な激しい腹痛、鉛脳症を含めた神経症状である。
 職業病としての鉛中毒は、鉛管・蓄電池極板の製造、印刷、 ハンダ溶接作業など多くの職場で発生する。
 一方、鉛は日常生活のいろいろな場面で体に取り込まれている。 食品や、空気中の粉じん、排ガスにも含まれる。
 体内へは、呼吸器系と消化器系から侵入するが、 一般住民の体内蓄積鉛量を増加させる最大の原因は、大気中の鉛濃度である。

 例えば、使い切った絵の具の鉛チューブを、小さいからといって燃えるごみと一緒に出すと、 鉛は約500度で蒸気になり、酸化鉛の微細粒子として大気中へ。 不用意に捨てた廃棄品の中に、鉛製品を含めた重金属が混じっていると、 巡り巡って自分自身に影響が及ぶ。
 ちなみに学童用絵の具のチューブは、ポリエチレン製に変わりつつある。
 小さな金属も、必ず分別するという最低のマナーが地球環境を守る。


【文:中部日本新聞より再掲】

山田琢之(やまだ・たくじ) 山田琢之(やまだ・たくじ)
1955年、愛知県生まれ。愛知医大卒。名大予防医学教室入局、名古屋市役所産業医などを経て、愛知医大産業保健科学センター助教授。日本産業衛生学会指導医。労働衛生コンサルタント。

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